昭和49年10月21日 朝の御理解
●⑦

御理解第94節
「信者に不同の扱いをすな。物を余計に持って来ると、それを大切にするようなことではならぬ。信心の篤いのが真の信者じゃ。」



 ●⑦これはお道の取次ぎ者、いわゆる、先生に対する御理解ですね、信者に例えばどんどんお供えが出来たり、者をたくさん持ってきたりするような信者は大事にする、出ないのは粗末にするといったような事では出来んと、いう教師に対する、まあ厳しい御教えであると思います。●
 私も本当にそう思うんですけれども、問題は私は、あー言う先生の所で御深遠を頂いておる人達は幸せだなと思われるような教師、取次ぎ者でありたいと願っております。内の先生はどうもと、信者に不平不満を思わせるような先生になってはならない、本当に自分達はいよいよ親先生を頂いて幸せだと、ね、喜んでもらえるような取次ぎ者でありたい、もう本当にそれを願います、また、それに精進し続けておるわけであります。
 先日、九州の小野病院の小野先生が、しみじみとこう言うお取次ぎを願われました。もう慣用されて二十数年でしょうか、今、非常に、この、若い方達に特に多いそうですけれども、この走破をなさる、ね、昔なら、ガタイ(   ?    )、今はそれを、それをやらなければ、その手術が儲からないと、いうような時代なんですけれども、あれは、七十人に一人、まあ、必ず亡くなるようになってるそうですね、統計上、だから親先生、私は本当に思ってみれば思ってみるほどおかげを受けておるという事は何時も何か知らん、この薄氷の上を渡るような思いでございますから、夜も夜中もない、お取次ぎを頂いておかげを頂かなんおられませんですけれども、もう二十余年になりますけれども、一人も殺した事がない、それでも、あの七十人目という時には、もういよいよ真剣に、あの、おすがりを致します、もう心が行くまでを御祈念をさせてもらわなければ、あの、いわば、みすをとらないという訳です、または、その、手当てをしないという訳です。
 私は、本当に、いわゆる、医者の病身とでも申しましょうかね、本当にそいえば二十数年間に1人も殺したことがないけれどもです、ね、七十人目、七十人目にはです、何か知らん、本当に、薄氷の上を渡る思いで神様に心に安定をいただけるまで御祈念をさせてもろうて御用をさせてもらうと、本当に小野先生の所の、いわば、患者さんは幸せだなと思います。ね。
 例えば、合楽の教会のご信者さんが田は幸せだなあと第三者から見てもです、また、皆さんでもです、有り難い親先生を頂いて幸せだなと思い、思われるような先生になりたい、ね、医者もするならばです、本当にこれは、私がその時に感じました事ですけれども、小野先生の所に、いうならば、かかっておられる患者さんたちは幸せだな、一人ひとりの患者さんの上に毎日お参りなさいますから、お取次ぎを頂かれる、しかも、二回も、それは、もう本当に危ない時もありますけれども、それこそ、何回も何回も、夜も夜中もないようにお電話ですけれども、お届けがあります、本当に、まあ、奇跡というても、言うぐらいですね。
 椛目の池尻先生が、小学校に奉職させて頂くようになって、もう受け持ちの、いわば、自分が担当しておる子供達の一人一人の事を真剣に願います。特に知能が遅れておったり、ちょっと以上であるというのは、もう特別お取次ぎを願って、もうこれはもう見込みはないというなのもです、そういう人達をお取次ぎを頂いて、おかげを頂きますと、特別の技術とか才能がこう発見してあるわけですね先生が、でそれを伸ばしてある、と言うようなね、あの、おかげを頂いておる。
 本当に信心のある先生を持った子供達は幸せだなと思います。親子さん達からも喜べれるに違いはありません。
 例えば、伊万里の竹内市長のお届けをさせてもらう度に思います、伊万里の市政の上に、もうそれこそ、小大漏らさず、お取次ぎを頂いての市政に取り組まれてある。本当に伊万里市民の方達は幸せだなと思います。また事実幸せです、ね。
 私は、ね、不同のあつかいをすなと言うことは、ならここでなら信者の一人ひとりが皆さんに喜んでもらえれる先生だということです。例えて申しますなら、ね、ここに秋永先生と久富先生がおられます。同じ、同じぐらいに私の、いわば、弟子として修行をなさった先生方ばっかりです。この頃の丁度久留米の、(   ?   )久留米で共励会があっておるので、私は一時間ばっかり夕食を遅らせて先生が帰ってくるのを待っておりました。で、だいたい終わってから、久富先生と三人お食事をさせて頂く時にです、久富先生には私は日本酒を出す、秋永先生にはビールの(湖岸こがん?)をお酒がいけませんですから、こがんを一本でも美味しい、嫌~、内の親先生はこの人には日本酒を出して、この人にはビール一本出してと、しかも、久富先生の場合なんかは、まあ、一本では少し足りません、それで、私の、まあ、少しあげます、まあ、それでもちぃった足らんごたるから焼酎を少しばっかりあげます、そんな焼酎なんてんださんなんのこうと。
 例えば、それを見とればいかには秋永先生と久富先生を不同の扱いをしておるようではあるけれども、ね、久富先生もそれを有り難いと思い、秋永先生もそれを有り難いと思い、いや、内の親先生は本当に行き届いちゃるよと、まあ、例えばですよ、そのままはしませんけれども、問題はそれをね、師匠の気持ちを組んで分かって有り難いと思えばそれで私はいいと思うんです、ですから、不同のあつかいと言うことはね、とてもお互いに(       ?      )飲ませならんといったようなことがあってよかろうはずがありません。
 間違いますとね、不同のあつかいをしないということに大変そういう偏見が生まれてきます。問題はその人が喜ぶことだと思うんです。ね、病院の先生であればです、ね、本当に小野先生の所にかかられるにさんぽの方達は幸せだなとものです。二十数年間まだこの一言がないというのだから、それでも、やはり、七十人目には特に真剣である、ね、そうして、なら患者の一人一人のお取次ぎを頂いて、患者に当たられる、いわば、小野先生のところでおかげを頂いておる患者さんは幸せだと言う事です。ね。
 小野先生の担当する子供達は幸せだなということです。ね、頭の良いのも、頭の悪いのも、程度の低いともです、ね、一往に扱うてくれて、その人ひとりが生きる、ね、生かす事の出来れる、いやば、生き方をもって、私は不同のないというふうに(  ?  )頂いてもらいたい。そこでなんです。ね、お医者さんはそう、政治家はそう、ね、学校の教員はそうだと、いうなら、三人の方の先生方の例を取りましたらです、そんならば、商売をさせて頂いておる者、百姓をさせて頂いておる者、それぞれのお役に御用に立たせて頂いておる者がです、果たしてどれほど世界のお役に立つ事の為に、ね、信心を元にして商売をしておるだろうかということを思うて頂きたい。
 商売を、いやば、信心を元にしてお百姓をして頂きたいと思うのです。ね、作ったお野菜が高(たこ)う売れますごと、よう出来ますごと、というだけではいけない、助からなければならない、商人でもそう、ただ今日も大繁盛のおかげを頂きますように、売上がどうぞ、日にち増していきますようにと言う願いではです、信心を頂いておる、私は商売人であったり、百姓であったりではないと思うです、ね。
 社会に貢献するとかね、社会のお役に立たせて頂きたい、というお互いが先ずは願いを持たせて頂いてです、ね、あー言う病院に今日のところで、見てもらう患者は幸せであるように、あーいう先生を、ね、に教育してもらう子供達は幸せであるように、そういう政治家の人の元で、ね、を、いうなら、その、市民の人達は幸せをするように、商売をしておっても百姓をして何をさせて頂いておってもです、ね、市民に喜んでもらえれるような私は信心を進めて行きたい。
 今日、この94節というのは、言うならば、お道の取次ぎ者、教師に対するこれは間違いない御教えに違いはありません。信者に不同のあつかいをすなという、ね、だから、不同の、ということの内容をです、同じようにしなければならないというのではなくて、その、一人一人の信者に喜んでもらえれる取次ぎ者、先生でありたいと言う事なのです。ね、片一歩では焼酎を出す、片一歩にはビールを出す、いかにも不同のようであるけれども、焼酎を与えられるが一番喜ばれる人には、焼酎を与え、ビールでなかなければ出来ない人にはビールを与え、それこそが、私は不同のない生き方だと思うのです。
 相手が一往に喜ぶということだと思うのです。ね、それを、これは、信者、いわば、皆さんといたしましてもです、それぞれの御用がです、果たして社会にどれほど潤いを与え、どれほど社会に貢献し、喜んでもらえておる自分達であるかということをです、思うて見ると、ね、案外信心生活がすれておるような事にただ、商売人がね、商売繁盛のことだけを願ったり、お百姓さんがです、ね、立派にお野菜が出来ますように、穀物がどうぞ本年もと、ね、ただ豊穣だけを願うと言うのではなくてです、ね、それを、買う(こう)て下さったり、またはつこうて下さる人達が喜んでもらえれるようなお野菜を作り出し、ね、商売をさせて頂けれるようなおかげ、いわゆる、信心を元にして、そういうことがなされると言うようなおかげを頂いてもらいと思いますね。
                     どうぞ。


末永静行
2005年10月8日